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―むり・くり―プラスコミュニケーション(更新終了)


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2012年7月11日 15:45

blog.dtpwiki.jp 更新終了のお知らせ

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「自分の言葉」に支配される人間というのがある程度の数いて、逆に「自分の言葉」に支配されない人間もある程度の数いる、という実感を持っています。そして、僕は「自分の言葉に支配される」側の人間でした。

しょーもないことですが、「大学に入った日に『カップラーメンを食わない』と心の中で決めた」以降18.5年間は、カップラーメンは実際に食べたことがなかったりしますし、そういう禁忌・戒律めいた事ではなくて、たとえば目標として設定したものに関しても、その言葉に縛られて努力するのが常でありました。

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ことの発端は、印刷の前工程であるDTPとその周辺における、「至らないこと」「いけてないこと」を、何とか直して行けないかなあと思っていたことにあります。

日本一の印刷会社にすると意気込んで印刷会社に入って5年半ぐらい経つと、行程内のボトルネックが見えてくるものです。それを改善していくことが、僕に課せられた役割だと認識するようになりました。なぜならば、それまでも、課題や解決しなければならない事象があり、それをうまく解決できてきたからです。

そうやって、DTPの行程を改善していくにあたって、どうすればいいかというのはすぐに思いつく。ボトルネック(瓶の首が狭いので流れが滞る箇所)があるのならば、瓶の首を広げてやるようにすればよい。瓶の首を広げるにあたり、首の前後では別段新しいことをしなくてもよい。これを方針としました。そして、アイディア自体は簡単に出てきます。

しかし、どうしても避けて通れないのが「プログラミング」でした。アイディアを具現化する際、行程の工夫以上の作業は、コンピュータによるプログラムで可能となる高効率化でもって行う必要があるのですが、自分自身にはプログラミングの能力がほとんどない。また、社内や社外からプログラマを調達できない。金銭はかからない方がよかろう。よって、自分でプログラムを覚える必要性に駆られました。

おりしも、ウェブサイトのフォーム処理なども担当していた関係もあり、また、Acrobatのフォーム機能による集計プログラムなどをPerlのCGIで見よう見まねで書いていて開発ができていたこともあり、さらには、それまでの業務でのサーバ構築、入社前自宅でのサーバ構築にLinuxを使っていて、それにはPerlがデフォルトインストールされていることもあり、プログラミング言語としてPerlを選択することにしました。

そうやって、幾年間もいろんなプログラムを書いてきていたのですけれども、基本的に前述のようなバックグラウンドがあったうえで印刷会社にいたものですから、担当としては常に一人で書くことになったわけです。一人で書く分には、思いついたアイディアをそのままコードにしていけばよかったのです。

ただ、これが会社の本流の意思決定組織に認知していただくという意味ではまずかったわけで、作って提出するものがことごとく否定されるということになってしまった。ここに業務改善活動は孤独な戦争になってしまったのです。

戦争は、僕がプログラムを作り提案することができない業務へ転属になることで、終結しました。

戦争とか言いましたが、実際には、企画書であったり説明であったりするわけですけれども、どうしていつも劣勢になるかというと、意思決定者に決断していただく際に、後から聞いていないと言われないように、細部を説明してしまうということをやってしまっていたからです。企業としての損失を発生させないようにという工夫が、その企画そのものを実現できない事態を引き起こしていたのでした。

戦線は縮小の一途をたどり、最後には、業務内容的に関係が薄く、企画を意思決定者に伝えるにも苦労するところまで退却を強いられました。

4月末に印刷会社を辞めて3か月ぐらいですが、その間、全くコードが書けなかった。やっぱりもともと得意という範疇ではなかったのかもしれない。そして、僕は自ら言葉の「呪い」を解いた。

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間違えた望み、叶えられない日々ではあったけれど。この弱さは、ある少女が見た一時の理想郷ユメだったのだと

"だが男だ"

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というわけで、次の仕事が決まりました。印刷業界の外に行くことになりました。印刷業界で13年半やってきたことは、置いていくことになりました。結果は無惨だったけれど、その過程に一点の曇りもないのなら、求める必要などなかった。(←引用しすぎ)

僕がウェブ上で出した言葉達についても、置いていくことにしました。DTPWiki.jpドメインは、さすがに僕が印刷屋さんでなくなるので持っているのも恥ずかしいのですけれども、維持をします。ブログを置いていくにあたり、ココログだと月1000円ぐらいのコストがかかりますので、ココログ上にあったデータを丸ごとそっくりMovableTypeに移し、特製のPermalink維持スクリプトを走らせてレンタルサーバに移しましたので、あまり違和感なく参照できることと思います。

ほかのdtpwiki.jp内のコンテンツ、HWNDBasedPanelView.comとかも、置いていく。

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これにて更新終了。新潟に来て18年半、就職して14年、そしてブログ初めて8年半、ストイックにやり過ぎた。せっかくだから佐渡に1回ぐらい行けばよかったな。

いままでオンライン・オフラインでかまってくださった方々に感謝いたします。

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もしかしたら、大田区の路上で冷凍イカの目をした人間がさまよっているかもしれません。よろ。


(2012.7.12 13:55追記)

文中、「一人で」と書いている個所がありましたが、実際には様々な人からのサポートがありました。しかしながら、当時その意識は希薄であり、かように勝手に一人での戦いと受け取ってしまう至らない人間であります。陰ながらサポートをしていただいた方々に無力感を与えてしまっているのだと思います。不徳の極みであり、今後先に進むうえでも真っ先に直していかなくてはならないと考えております。

投稿 大野 義貴 [日記・コラム・つぶやき] | |

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コメント(4)

乙っしたー

転職おめでとうです。
しかし大田区ってことは、次のお仕事は東京で決定?

ともあれ、毎日の更新、おつかれさまでした。

おつかれちゃん。

コメントくださいました皆様、ありがとうございます。

どう見ても敗戦の弁ですけれども、
これやっとかないと次でも同じことしそうだったので、
けじめ的なものとして書きました。

次の仕事は、東京都内の会社さんです。
自分に何を求められているか、しっかり判断できるように努力し、
これからの人生、なんとか生き延びたいと思います。

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